Illustration by 秋霖
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(文章:秋霖)
『紅茶』
やかんがしゅんしゅんと音を立てた。
ティーポットとカップにお湯を注ぎ、温める。いったんそのお湯をやかんに戻して沸かし直し、その間に茶葉を量って注意深くポットに入れる。
彼女の紅茶に対する熱意はちょっと度を越している、と思う。食器棚の半分が、ティーカップとソーサーのセット、お気に入りの茶葉のコレクション、それからいくつかのコンフィチュール――ジャムと呼ぶと怒られる――と角砂糖の瓶で埋まっているくらい。
茶葉にお湯を注ぐ表情は真剣そのもの。たった一杯の紅茶のために、どれほどの手間暇をかけるのかと、インスタントコーヒー中毒の僕は、いつもいつも呆れながらその姿を眺めている。
その横顔が愛おしいのだとは、けして口に出さないけれど。
茶葉を蒸らす時間で、コンフィチュールを選ぶのが彼女の行動パターン。もうすぐこだわりの紅茶が運ばれてくるだろう。
ソファに沈み込むように座り、読みかけの本を開く。
「飲むでしょう?」
コトリ、と目の前に置かれたのはエインズレイのカップ。落ち着いたデザインを選んだということは、のんびりしたい気分らしい。ことあるごとに御馳走になっているうちに、カップのブランドまで覚えてしまった自分に苦笑する。
透き通った琥珀色に添えられているのは、ほんのりと桃色をした角砂糖。たしか、桜の花びらを混ぜてあるとかいう……。
「もしかして、春摘みのダージリン?」
角砂糖を溶かしながら問えば、彼女はにこりと微笑んで。
「そう、今年最後のファーストフラッシュ」
言い直された。
僕の隣に腰かけて、彼女は文芸雑誌に手を伸ばす。
ぱらり、ぱらり、と、ページをめくる音だけが静かに響く。
ゆったりと流れる時間。読み古された本の独特の匂いと、爽やかな紅茶の香り。
いつも通りの午後。
僕らの間に、言葉はさほど必要ではない。
ただ、時折触れる彼女の肩の、その温かさが。僕に安らぎを与えてくれる。
(文章:海野きせ)