
Story1
『夜明けの香り』
―夜が明ける。私も香りも、生まれ変わる。
夜が明けることは新しい日が始まる。香り(私) もまた生まれ変わる。
(文章:Raven=香渡冬甫)
Story2
『魔女集会』
午後八時、自宅の一階を改築してつくったカフェのシャッターを下ろす。店の裏にはハーブ畑。自家製のハーブティーを提供するため、レモングラスやカモミール、ローズヒップなど、さまざまな植物が植えてある。懐中電灯を片手に異常がないか確認して、かがめていた腰を伸ばすようにふと空を見上げた。
満月が青白く光っている。
年にほんの数度のこんな夜には、私の中のもう一つの血が騒ぎ出す。
満月が青白く光っている。
年にほんの数度のこんな夜には、私の中のもう一つの血が騒ぎ出す。
母は15世紀から始まった火あぶりの時代を生き抜いた。「本物の魔女は、お粗末な焚火くらいじゃあ、火傷一つ負わないものよ」と笑っていたっけ。普通の人間に比べたら、老いることがない、と言っても差し支えないくらい、ゆっくりと歳を重ねる母は、その若い容姿に周囲が不審がるたびに、暮らす街を転々としてきた。母の外見を追い越しそうになった頃、私は独り立ちしてこの田舎町で喫茶店を始めた。
魔女の集会に参加するには、ミントの精油が必要だ。
庭で摘んできたミントを釜で蒸す。蒸気を集めて冷ませば、上澄みから精油が取れる。それを香水に加工したものは、私の宝物だ。棚から瓶を取り出し、ふたを開ける。少しツンとした、青くさい香り。母との記憶に繋がる香り。集会は母に会うための唯一の方法。荷物を準備して、首筋と手首に香水を吹きかける。
庭で摘んできたミントを釜で蒸す。蒸気を集めて冷ませば、上澄みから精油が取れる。それを香水に加工したものは、私の宝物だ。棚から瓶を取り出し、ふたを開ける。少しツンとした、青くさい香り。母との記憶に繋がる香り。集会は母に会うための唯一の方法。荷物を準備して、首筋と手首に香水を吹きかける。
「私を魔女の集会に連れて行って」
月に手をかざせば、輝きが増す。眩しさに目を閉じれば、耳元でヒュンと風が鳴る。瞼を開けば、そこはもう会場だった。
トカゲの尻尾やカラスの血の瓶詰め、杖や箒に使う木材、呪いグッズに、魔力のこもった天然石のアクセサリー……魔術に必要なものは、なんだってここで揃う。その中で、母は栽培が非常に難しい薬草を売っている。
「ハァイ、ママ。元気だった?」
「見ての通りよぅ。あんたは老けたわねぇ」
「やめてよ、600年も生きているおばあちゃんに言われたくない」
「おばあちゃんですってぇ? 今どきの魔女は人生3000年時代よぅ」
3000年。馬鹿げている、と思う。普通の人間と同じように歳をとる私には、600年だってバケモノ級なのに。
「はいはい、混血の私には関係のない話ね。まぁとにかく、元気そうで良かった」
「なぁに、まさか本当に顔を見せに来ただけなの? 何か買って行きなさいよぅ」
「お生憎さま! ママが売る程度の薬草なら、私でも育てられるようになったの。知らなかった? 子どもの成長って早いのよ」
「子どもなんて年齢じゃないくせに」
母はすねたようだった。
「だから! ママに歳のことは言われたくないってば! そんなことより、売り物にできないほど特別な薬草はないの? 言い値で買うわ」
「売り物にできないほどのものは、娘にでも売れないわよぅ」
けらけらと笑う母に踵を返して、雑踏へと進む。
鞄にはオリジナルブレンドのハーブティー。魔力も何もないハーブティーだけど、これだって物々交換のネタくらいにはなるのだ。
純粋な魔女ではない私には、集会の参加だけでも体に負担がかかる。
そろそろ頃合いね、と持ってきた蒸留水で香水を洗い流す。
ツンとするミントの匂いが完全に消えると、くらりと目眩に襲われる。地面に手をついて顔を上げれば、店の裏側、ハーブ畑の前。
空を見上げる。
夜明けが近いようだった。
部屋に戻ってお茶を淹れる。ローズヒップとハイビスカスのブレンド。甘い香りに包まれると同時に凄まじい眠気と疲れが襲ってきた。
__少しだけ眠ったら、カフェを開けよう。
「ハァイ、ママ。元気だった?」
「見ての通りよぅ。あんたは老けたわねぇ」
「やめてよ、600年も生きているおばあちゃんに言われたくない」
「おばあちゃんですってぇ? 今どきの魔女は人生3000年時代よぅ」
3000年。馬鹿げている、と思う。普通の人間と同じように歳をとる私には、600年だってバケモノ級なのに。
「はいはい、混血の私には関係のない話ね。まぁとにかく、元気そうで良かった」
「なぁに、まさか本当に顔を見せに来ただけなの? 何か買って行きなさいよぅ」
「お生憎さま! ママが売る程度の薬草なら、私でも育てられるようになったの。知らなかった? 子どもの成長って早いのよ」
「子どもなんて年齢じゃないくせに」
母はすねたようだった。
「だから! ママに歳のことは言われたくないってば! そんなことより、売り物にできないほど特別な薬草はないの? 言い値で買うわ」
「売り物にできないほどのものは、娘にでも売れないわよぅ」
けらけらと笑う母に踵を返して、雑踏へと進む。
鞄にはオリジナルブレンドのハーブティー。魔力も何もないハーブティーだけど、これだって物々交換のネタくらいにはなるのだ。
純粋な魔女ではない私には、集会の参加だけでも体に負担がかかる。
そろそろ頃合いね、と持ってきた蒸留水で香水を洗い流す。
ツンとするミントの匂いが完全に消えると、くらりと目眩に襲われる。地面に手をついて顔を上げれば、店の裏側、ハーブ畑の前。
空を見上げる。
夜明けが近いようだった。
部屋に戻ってお茶を淹れる。ローズヒップとハイビスカスのブレンド。甘い香りに包まれると同時に凄まじい眠気と疲れが襲ってきた。
__少しだけ眠ったら、カフェを開けよう。
どこにでもいる人間としての、私の一日が始まる。
(文章:海野きせ)