Illustration by秋霖
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Story1
『白紙のあなた』
「らしさ」と言うものは、顔に出ると思います。
ですから、顔のない女の子たちをデザインしました。
これを着るあなたの「らしさ」が、このTシャツで過ごしていく時間とともに作られますように……。
どろ遊びの時も、カレーうどんの時も。
ミートソーススパゲッティでも、焼肉でも。
(文章:秋霖)
Story2
『スカート、ジーンズ、私とあの娘』
多賀野さんとマトモに会話をしたのは、記憶の限りでは一度きりだ。
学科関係なくTOEICの成績順で組分けされた必修の英語のクラスが一緒で、多賀野さんは私の隣の席の子と友達で。その子との会話で困っていた時に助け舟を出してくれた。それだけ。
私にとって彼女の救いの手はとても有り難かったし、英語の授業時におはようと挨拶くらいはするようになったし、何なら構内で見かけるとなんとなく目で追ってしまうくらいには好感を持っている。
だが、もう一度言うが多賀野さんとマトモに会話したのなんて、その一度だけなのである。
なので。
「やっぱり戸上さんだ。奢るしケーキでも食べない?」
大学構内でもなく、休日のショッピングモールでいきなり肩を叩かれて、ほぼ選択権もない状態で腕を引かれ連れて行かれるような間柄ではない、筈なのだ。
空いていた喫茶店に入り、多賀野さんと向かい合って座る。なんだか居心地が悪い。
私の様子なんて気にせず、多賀野さんはメニューのページを行ったり来たり忙しなくめくっている。
「うーん……、迷う……。ガトーショコラのつもりだったけど、季節限定さつまいもタルトも美味しそう……。戸上さんは?」
「私はもう決まってるから、好きに迷っていいよ」
「そう言われると逆に早く決めなきゃいけない気分になるんだけど。……よし、決めた」
決心がついたらしい多賀野さんが、手を伸ばして呼び出しボタンを押した。暇な時間帯であるらしく待つこともなく、すぐに店員はやってきた。
「ケーキセットで、ガトーショコラとカフェオレのホット」
「私もケーキセットのさつまいものタルトお願いします。飲み物はホットのストレートティーで」
店員は注文を繰り返し、すぐに厨房へと引き返す。なんとなく見送ってから顔を戻せば、多賀野さんに凝視されていた。
「……、戸上さん、あのですね」
窺うような口振りとは裏腹にその瞳は期待に輝いている。私が多賀野さんの為に選んだのだと疑わない素直さと前向きさは見習うべきかもしれない。
「うん。タルトだよね、半分どうぞ」
「ありがとう! ていうか戸上さん何そのイケメンスキル、うっかりときめくんだけど」
「いや、別に……。どれも美味しそうだからどれでも良かった、ってだけだから」
「いやいや優しさだよ、それは。私のガトーショコラもあげるからね」
「うん、一口貰うね」
「いや、半分持ってってよ。私だけ太るじゃんか、それだと」
居心地が悪いというか落ち着かない感じは相変わらずだけれど、可愛い女子が嬉しそうに笑ってくれるのは私も嬉しい。
そう。多賀野さんは可愛い。ファッション雑誌を擬人化したみたいな見た目の女の子だ。
華やかオシャレ女子の多賀野さんと地味で野暮な私が向かい合っている。……何なんだろうな、これ。ほんと。
「無理やり誘ってごめんね、戸上さん」
「えっ、と……」
「いっぺん色々話してみたかったんだよね。大学だとゆっくり話せないし、偶然見つけたもんだからつい捕まえちゃった」
「話? 私と?」
「うん」
「……、何で?」
「気になったから」
そう言って彼女は、きちんとカールしてセットした髪を揺らして、キレイに化粧をした顔を傾げて、大きな目で真っ直ぐに見つめて。
「戸上さん。私、あの時、そこまで感謝されること言ったっけ?」
初めて会話を交わした、あの日の事を問いかけた。
++++++
それは、嫌な夢を見たせいで鬱々とした気分の月曜日の話。一限からある英語の授業前、隣の席の今田さんから声をかけられた時のこと。
「おはよう戸上さん。いつもこんな早いの?」
「……おはよう。そう、だね、いつもこれくらいには。今田さんは、今日はいつもより早い、よね?」
「そうなの、朝っぱらからクラクションの音で叩き起こされてさぁ。二度寝しようと気持ちよくウトウトしてたのに」
びっくりして飛び起きた時に手の甲ぶつけちゃったよ、と肩をすくめて彼女はわざとらしく戯けてみせた。
コメディエンヌというわけではないけれど、明るく楽しい彼女の周りにはいつも人が多い。私にはない陽気さに釣られ、思わず微笑みが浮かぶ。
「ねぇ、それよりさ。そっちだって珍しいじゃん」
けれど、そこから続いた言葉に顔が強張った。
「戸上さんってばいつもジーンズなのに、今日はスカートなんか穿いちゃってー。なんか雰囲気ちがうねー」
「あ、いや、えっと……」
じわり、じわりじわりと、湿っぽくて冷たい何かが身体の真ん中から爪の先までゆっくりと広がっていく。
(あら、アンタそんな服買ってきたの? やぁね、色気付いちゃって)
耳の奥で嫌な声が蘇る。動揺して目をうろつかせた私に、今田さんはニンマリとした笑みを向けた。
「さてはデート? だから可愛い格好してきたんでしょ?」
「いや、ちがっ」
「えー? 本当にー? じゃあ、どっか出掛けるの?」
「あの、何も予定は無いよ、本当に。その、部屋干ししてたジーンズ乾いてなくて、穿こうと思ってた他のジーンズも朝に牛乳こぼしちゃって……」
半分は本当、半分は嘘。部屋干ししていたジーンズが乾いてなかったのは確かだけれど、別に牛乳なんかこぼしてないし他に穿くパンツくらい衣装ケースから引っ張り出せばある。
ただ、気が向いたから。捨てるつもりだった、一度も穿いたことのないスカートのウエストがまだ入ったから。穿いてもいいんじゃないか、と、思えたから。
「ただ、それだけだよ」
普段と違う格好を自分からしている癖に、いざ他人に指摘されたらびくびくと怯えて、必死に不可抗力だなんて主張して。
たかだかスカート一枚を穿くためだけに、周りへ言い訳を用意してしまう自分に辟易する。
(仕方なく穿いてるんです、決して洒落っ気を出して着ているわけじゃないんです、だからどうか、この服を私が着るのを許してください)
それでも、私の奥底が惨めな声を上げるのは、止められないのだ。
「おっはよー、今ちゃん、なんでもう居るの?」
自嘲が表に浮かぶ寸前、明るい別の声が飛んできた。それが多賀野さんだったのだ。
「おはよう、たがのん。聞いてよ、クラクションで二度寝邪魔されたぁ!」
「あぁ、今ちゃん家の前って車よく通るしね。いいじゃん、これ以上遅刻したら単位ヤバいんだから」
「そうだけど朝っぱらからデカい音で起こされるのムカつくよ?」
「優秀な目覚まし時計とでも思っときなよ」
からからと前向きな言葉を告げて、多賀野さんは私たちから少し離れた席に鞄を置いて戻ってくる。時間までお喋りでもするつもりなのだろう。助かった、ギリギリまでトイレにでも逃げよう。
「そうそう、見てよ、たがのん。戸上さんのスカート」
「ん?」
だが今田さんは私を逃がすことはせず、更に多賀野さんも交えてこの話を続けるつもりのようだった。
「珍しいよね」
……お願いだから、放っておいて。もうこんなの穿いてこないから。
ため息を飲み込んで、珍しくスカートである言い訳を舌に載せるより早く、多賀野さんが言った。
「そだね、珍しい。どこで買ったの? 私も一時期エスニック系の服欲しくてお店回ったけど、こんな良い布のスカート見つからなかったよ。いいなー」
――この人は何を言っているんだろうか。
いや分かっている、理解はしているんだ。今田さんの『スカート(姿が)珍しいよね』を『スカート(そのものが)珍しいよね』と取り違えたんだ、ってことくらい分かっている。
「たがのん、そうじゃなくて戸上さんがスカート穿いてるのが珍しいよねーって話!」
「そう? スカートのひとつやふたつ穿くでしょ、そりゃ。持ってたら」
「だっていつも同じようなTシャツとジーンズばっかり着てるしさぁ、これは何かあったな!? みたいなさ、あるじゃん」
予想と違い多賀野さんが話題に乗ってこないからだろうか、焦れた風に今田さんが言い募る。だがその言葉すらも多賀野さんは軽く流した。呆れにも似た笑みを添えて。
「それでいったらミッキーどうすんの、あの子たまに着物とかチャイナ服着て授業受けてんじゃん」
「いやミッキーは別枠じゃない?」
「似たようなもんでしょ。理由があろうとなかろうと、誰が何着たって良いでしょ、別に」
ああ、これ、違う。多賀野さんは取り違えたんじゃなくって、分かっていて話を逸してくれたんだ。
「エスニック系のお店だとさ、薄手のインド綿で全面が派手な柄ばっかりだし。何て言うんだっけ、こういうの、ローケツ染め? 花は大柄だけど無地部分も多いから使いやすそうだし、Aラインの形もキレイだし。えー、なんか言ってたらマジで欲しくなってきた。私も巡り合ってたら絶対即決で買う。戸上さん、どこで買ったの?」
たしなめられていると感じたのだろう、さっきまではしゃいでいた今田さんは少しムッとした顔をして黙り込んだ。それに頓着せず、多賀野さんは私のスカートの話題を続ける。
「え、っと……、地元の古着屋さんで……。それに似たようなのも他には売って無かったと、思う。そもそもかなり前だし、買ったのも」
「あー、古着屋、しかも地元かぁ! それじゃ似たものも手に入らないね、残念。戸上さん、良いもの見つけたねー」
自分が、自分で選んだ物を認めてもらえるだなんて、信じられない。だって、言われた、何その派手な柄って、何と合わせて着るのよそんなスカートって。あの時、言われたのに。
「……そう、かな」
「うん。可愛い、似合ってるよ」
きっとその言葉はただの軽口で、お世辞で、気持ちなんて大して込めてない言葉だったろう。その気負いのない褒め言葉だからこそ、私は素直に受け入れられた。
「ありがとう」
できるだけ軽く聞こえるように返す。バレないように万感の思いを込めて。ジーンズと違う、ひらひらとしたスカートの心許なさが、少しだけ減った気がした。
+++++
――ということは、私のココロの声はバレバレだったって事だな。
一連の出来事を思い返し、あの感謝を不思議に思われているという。つまりはそういうことなんだろう、恥ずかしい。
「正直さ、あの時の今田はちょっとヤな感じだったし、絡まれてめっちゃ困ってるなーって思ったから割って入ったのは確かだけど。戸上さんもそれに気付いているってのは私も分かってたから、フツーに感謝されるだけなら気にならなかったんだけどね」
でも何か違う感じがしたから。多賀野さんは、運ばれてきたお冷のグラスを弄りながらそう言った。
「……、褒めてもらえて、嬉しかっただけだよ」
「……それだけ? ほんとに?」
「うん、本当。私がいつもどんな格好してるか知らない人から見たら、スカート姿でも適当に可愛いって言われるくらいには普通の格好なんだなって、変じゃないし着ても大丈夫なんだなって、ほっとして嬉しかった」
私の答えに、多賀野さんが微妙な顔をした。
まぁそうだろう。褒めた相手が『適当に褒められたってことは普通なんだな、やった!』なんて喜び方をしたら微妙な顔にもなるだろう。
「多賀野さん」
「なに?」
「私、話すの下手でね」
「うん? うん、それで?」
「でも多賀野さんに聞いてほしいって思うこと、結構あるの」
(理由があろうとなかろうと、誰が何着たって良いでしょ、別に)
あの時そう言って庇ってくれた多賀野さんなら、きっと話しても大丈夫だ。たとえ共感できなくても、この人なら否定せずに聞いてくれるだろう。
「ケーキ食べ終わるまでに何から話そうか下手なりに整理するから、食べ終わったら聞いてくれる?」
私の申し出に多賀野さんは頷いてくれた。
「任せろ」
頼もしくも、にやっと笑ってそんな言葉まで添えて。
「私ね、どんな格好していいのか分からないんだよね」
やってきたケーキを半分ずつ交換して堪能した後、私はそんな告白から話を始めた。
「洋服だけじゃなくて髪型もそうなんだけど。何が似合うか、なんてレベルじゃなくて、何を選べば普通なのかすら分かんない」
「好きなもの着たらいいんじゃないの?」
「好きなものが無いの」
こういう服が好きだ、これなら似合うかもしれない、私にはそういう発想が欠けている。
例えば服を見て、普通の人ならきっと自分が着ている姿を想像できるんだろうと思う。実際に着てみたら想像と違った、という事はあるだろうけれど、イメージくらいは湧くんだろう。私の場合、イメージ出来るのはせいぜい顔のないマネキンまでだ。
無数にある、様々な姿のマネキンたち。そのどれを選べば正解なのかわからなくて、私はいつも途方に暮れている。
「髪型も、美容室で『どうしますか?』って聞かれても分からないから取り敢えず伸ばして、適当な時にこのくらいまで切ってくださいって長さ指定するだけ。服もTシャツとジーンズなら男女とも着てるし無難な気がするから着てるだけ。冬ならハイネックとカーディガンかセーター着ておけば、あとはコートで誤魔化せるかなって」
何がオシャレなのかは分からないけど、私の格好はきっとオシャレではない。地味で野暮ったくて、多分ダサい。
ダサいって、分かっているけれど。でも。
「……白い服は駄目なの。すぐ汚れるから」
「え?」
「黒い服は駄目なの。もっと明るい色を着なきゃいけない」
「……、いや私も黒いの着るけど」
いきなり始まった否定に、多賀野さんが戸惑いながらフォローを入れてくれた。
やっぱり多賀野さんは優しい。ちょっとだけ笑って、続ける。
「細身のズボンは太ももがパツパツで格好悪いし、ダボダボのズボンはだらしないし、流行り物の服はすぐ着られなくなるから買うのは無駄遣いで、古い服を長く着ていると顔をしかめられて」
「…………」
「他にも、いっぱい。何を着ても、必ず何か言われたよ」
「……、誰に?」
「お母さん」
捨てるつもりだったスカートを、あの人の目はもう傍にないんだからと穿いてみる決心をした夜。
夢の中でまで、母は私に『忠告』をした。
――白い服なんてすぐ汚れるじゃない、別の色にしなさいよ。
――あんた黒ばっかりね、若いんだからもっと明るいの着たら?
――えぇ? 何そのズボン、太ももパツパツじゃない。格好悪い。
――またそんなダボダボのやつ着てるの? だらしないわねぇ。
――流行りの服なんて今しか着られないのに、無駄遣いしちゃって。
――やだ、あんたまだそんなの持ってたの? いつまでそんな古い服着てるつもりなのよ。
――あんた、Tシャツとジーンズばっかり着てるわね。
――そうなのよ、最近あの子ったら色気づいてきて。
――随分と「可愛い」服ねぇ、もう高校生なのに。
――そんなの着て変な目で見られても知らないわよ、まだ高校生なのに。
――ふぅん、本当にそれ着てくの?
――折角出掛けるのにその服なの?
――ちょっと行くだけなのにその服なの?
――ええ?
――ふぅん……。
――ねぇ、
「あんたってホント昔っからオシャレに興味ない子よねぇ、だってさ」
大学に合格して、一人暮らしの荷造りをしていた時。私の洋服の少なさを見て、呆れたように言った母の言葉がこれだ。
「誰の所為でそうなったと思ってんの、って話だよね」
一瞬で頭に血が上ったけれど、それもすぐに虚しさに変わった。母はきっと本心から言っているのだと分かったから。
悪意があるわけじゃなく、アドバイスのつもりで私を否定し続けたのだろう。そうやって選ぶものを狭めていけば、いつか自分の好みの娘になるとでも信じていたのかもしれない。……本当に、性質が悪い。
「スカートもね、捨てるつもりだったんだ。でも、思いきれなくって。ここに母は居ないんだから、捨てる前に一回くらいは穿いてもいいんじゃないかなって、気紛れだけどそんな気になって。……気紛れでも、やっとそんな風に思えるようになって」
「うん」
「まぁ夢の中でまで『そんなの穿くの?』って言われたし、穿いたら穿いたで今田さんにからかわれたけど」
「あー……、なんか、ごめんね? 今田も悪い子じゃないんだけど」
「ううん。卑屈になってたところで多賀野さんが、誰が何着たって良いでしょ、って庇ってくれて。私が自分で選んだ服を肯定して、それを着ていても良いと認めて、着ている事を褒めてくれた。……どれだけ嬉しかったか」
「大袈裟じゃない?」
「大袈裟だけど、それほどの事だったんだよ。私には」
馬鹿みたいだけれど、誰にでも投げかけるような『可愛い』すら、私は言ってもらえなかったし、言われようとするのも諦めていたから。
「多賀野さんからしたら変なのかもしれないけど、それくらい私は感謝したの。悩ませて……って程じゃないか、気にさせてごめんね。でも気にかけてくれて、ありがとう」
これで聞いてもらいたかった事は全部。そう告げて、冷え切った紅茶を飲み干した。
多賀野さんは、少し拗ねたような表情で唇を尖らせている。どうかしたのかと尋ねても、何も答えてくれない。どうしたんだろう、あの程度でこんなに感謝するなんて重いとか気持ち悪いとか思われたんだろうか。
段々と不安になってくる。そわそわした気持ちのまま待っていると、ようやく多賀野さんが口を開いた。
「白いのが汚れたら、洗えばいいの」
「……、え?」
「黒だって明るい黒はあるし、パツパツだろうとダボダボだろうとバランス考えて着ればきちんとして見えるし、好みなら流行り物だろうと古かろうと着たらいい! むしろ洋服長持ちさせるのは長所で特技じゃん! ああ、もう! 他人の親にこう言うのもなんだけどムカつく!」
「あの、多賀野さん!」
「戸上!!」
「はいっ!?」
「服! 買おう! 安くて状態良い古着屋知ってるからまずは数を揃えよう! あと私の捨てるか売るかするつもりだったやつで着れそうなのあげる! 髪も切って整えよう、私の行ってる美容室の紹介サービスで安くなるから! あと化粧だ、化粧! あんた肌キレイだから日焼け止めとパウダーでベースは十分だし、眉を整えて色付きリップ塗るところから始めるぞ!」
あまりの勢いにぽかんと呆けてしまった私へ、多賀野さんが机越しにずいと迫る。
「今までは今まで、ってことで今日が区切りです。戸上さんのスタート地点はここ。何が好きとか嫌いとか無くたって良いよ、何もかもこっから。真っ白まっさらピッカピカなので、どんな自分にだってこれから成れるのです。それを誰かに許される必要なんてないし、それでも許されたいなら私が許す」
まっさら。まっさら、だって? 好きな服すら分からない体たらくのこの私が?
……ああ、でも。彼女が、多賀野さんが言うのなら。笑うなら。
私はまっさらで、ただの初心者で、だから好き嫌いも楽しみ方も知らなかっただけなんだ、なんて。
そんな都合の良いことを、信じてしまいそうだ。
「いいなぁ、何見てもワクワクする時期じゃん。これから楽しいよぉ、お財布は苦しくなるけどね!」
「いや、あ、でも……。私なんか似合うもの限られるで、しょ? 多賀野さんみたく可愛いわけじゃないし……」
「なーに言ってんの、メイク道具揃えてテク鍛えれば服に似合う顔はいくらでも作れる! 私の顔どんだけ盛ってると思ってんの? 体型だってカバー出来るし、難しいのは身長くらいだよ。それだってヒール穿いたり目の錯覚で多少は誤魔化せるからね? 結局はバランスの問題なんだから」
「……、そういうものなの?」
「卑屈になってデモデモダッテってぐじぐじ悩むくらいなら、大雑把にそういうものって思ってるほうが良い」
そうと決まれば! と多賀野さんが伝票を持って立ち上がる。
どうやら本当にこれから買い物へ連れて行かれるらしい。なんて目まぐるしい休日なんだろう。立ち上がり続こうとしたら、思い出したように多賀野さんが振り返った。
「あ、そうだ。さっき迷ってたやつ、あれは買わないの?」
「さっ……!? 多賀野さん、いつから私に気付いてたわけ?」
「さぁて、いつからでしょー」
いたずらが成功した子供みたいな得意顔でこちらを見返すものだから、私もうっかり吹き出して笑ってしまった。
「戸上さんてすらっとしてるしさ、きっと似合うと思うよ。あの白のスキニージーンズ」
「……うん」
さぁ行こうと多賀野さんが背中を叩く。滲んだ涙を拭って、私も笑顔で頷いた。
(文章:鳥居塚しのぶ)